「ヤギより上、猿より下」感想

パンちゃんとサンダル

家庭環境に完全に押しつぶされそうになっている子供の話です。家庭環境の詰みっぷりが半端ではなくそう遠くないところに死が見えているような状況です。
錯乱した母親の無理心中という結末がちらつく中で少年が出した結論とは…
ある種の少年の成長譚ともいえる話(あまりにもマイナスの意味で現実的ですが)で少年が一つ強さを身に着けて現実に立ち向かった姿は爽快感がありました。
平山先生の似た系統の話を前に読んでいて、その話は子供がネグレクトに完全に潰されて終わるバッドエンドなので完全に身構えて読んでました。

婆と輪舞曲

いかれたばあさんの依頼(というかご機嫌取り)をこなすことで糊口をしのぐ探偵が元家族の危機に対して立ち上がる話です。
そう書くとかっこいいけどダメ人間のクズがすったもんだして本物の悪に一発かまして何とか落ち着くところに落ち着くといった感じです。

陽気な蠅は二度、蛆を踏む

平山先生の作品でたびたび出てくる殺し屋ものです。(ダイナーは丸々一冊殺し屋ものです)
平山先生の殺し屋ものはターゲットを処理するまでのドラマチックな展開や裏に潜む陰謀などではなく、殺し屋の日常や生活との両立を描いています。
作品に登場する殺し屋の特徴として裏世界に関わっているということもありますが、それ以上に人を殺すストレスでみんな先が長くないことが示唆されています。
これは先生が「人を殺めること」のストレスを重く見ているからでしょう。
平山先生の殺し屋たちは基本的にはジョン・ウィックのような超人(個人的にあのキャラは技術よりもメンタルのほうがやばいと思っています)ではなく、突発的な自殺やルールや儀式的なものによりストレスを和らげようとする弱い人間です。
この作品の主人公は年配の殺し屋で標的と仲良くなって相手の人生を知ってから実行に移すというルールを自分に課しています。
今回の標的はとびっきりの善人で主人公と意気投合して…とストーリーが転がっていきます。
主人公は最後に自分をおそらく殺し屋としては使い物にならない状態にしてしまいます。
主人公の結末を書かなかったのがほかの作品を読んでいるならわかるだろ?といった感じで彼が感じたことを際立たせていると思います。

ヤギより上、猿より下

ひなびたソープ(雰囲気的には赤線)が舞台の作品で経営難にあえぐ中、新人(?)のヤギと猿が来て話が進んでいきます。
読み終わった感想は「あったけえな」でした。お世辞にも上品とは言えないような舞台どころかクソみたいに下品なワードがポンポン飛び交うのですが、それが悲劇ではなく笑いにつながるのである意味安心して読めます。
こういったもののお約束として元締め的な裏社会の人の存在もあるのですが、他の作品と比べると手心や人の情けが感じられるものとなっています。
この作品で特に目に付くのは平山先生のネーミングセンスです。
嬢(と呼べるか怪しい年増)も三人の源氏名が「あふりか」さん、「せんべい汁」さん、「つめしぼ」さんです。
一見聞くと何が何やら意味が分からない源氏名ですがそれぞれになるほどと思わせるような由来があります。
他にも釣りばっかりしているから「ロハン」さん(おそらく幸田露伴が元ネタ)、「全国風俗NG者の会」、一番感心したのは三人の嬢の(性的な)得意技で「天城越え」、「睾丸チューニング」など物凄いワードがポンポン出てきます。
特に感心したのがあふりかさんの必殺技(ある意味本当に殺せる)「マラカイボの灯台」です。
これは高速振動した爪で前立腺と尿道を薄く引きちぎる技で、由来のマラカイボの灯台とはベネズエラ(アフリカ大陸じゃないのがミソ)マラカイボ湖に無音の雷が多数発生する自然現象です。
おそらくあまりの快楽に絶頂しまくって声もなく射精しまくる様子を例えたのだと思われますがよくこの発想が出たものです。
最後になぜかこの売れない風俗店にちょっかいをかけてきた奴らの企みを暴いて反撃に出るシーンがあるのですが、この性技の必殺技が悪人本当にさく裂します。
かつて人を廃人にして封印された禁技を仲間のために解禁する少年漫画もかくやというアツいシーンであり、味方側の別の人が「ごらん、あれが…だよ」とつぶやくのもそれっぽさを際立たせています。
自分はセクション8(アメコミのゴッサムシティの4流ヒーローチーム)の大活躍回のような文字にするとアツいが実際に見るとひどい絵面が好きなので大笑いしました。
ハッピーエンドで終わるのでしっかり短編小説集のいい読み終わり方ができます。

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