ルーデル「急降下爆撃」メモ

急降下爆撃 ルーデル

簡単世界史

・1904~1905 日露戦争

・1914~1918 第1次世界大戦

・1920 国連成立

・1929 世界恐慌

・1933 ヒトラー内閣成立

・1939~1945 第2次世界大戦

・1941~1945 太平洋戦争

・1915 ルーデル誕生

・1924 ルーデル8歳。パラシュートにあこがれて2階から雨傘で降下。片足を骨折。

 子供時代は基本的にシュレージエン地方(現在のポーランド南西部、支配者が何度も変わっている、ドイツ領(東部)の時代もあり)に在住。 

 学生時代はスポーツを何でもやった。これがルーデルの強靭な肉体を作った一因らしい。

パイロットになりたかったが金銭的な理由でスポーツ指導員を目指していた。

・1936年8月 空軍の入隊試験に合格、受理証が届く

 酒もたばこもやらず、暇なときはスポーツをしてミルクを飲んでいるルーデルは変人扱いされた。

 戦闘機パイロットになりたかったが狭き門と思い爆撃機パイロットを志願。

・1938年6月 第168急降下爆撃航空団へ編入。シュタイアーマルク州のグラーツ(現在はオーストリア)

急降下爆撃機としては主にユンカース87型が使われている。(前はヘンシェル)

 スツーカとは ドイツ語で急降下爆撃機の意味、Ju87が代表的

 ユンカース87とは 1937年生産開始のドイツの急降下爆撃機

 ヘンシェルとは ヘンシェルは会社の名前、機体名はHs123で単座、ユンカースの台頭により生産数は少なめ

 ルーデルが部隊編入時、他の隊員は慣熟飛行をすでに行っていた。(操作を覚えたり技術を上げる飛行ではなく、新コースを覚えたりなまったりしないようにする飛行)

・1939年1月偵察訓練へ行かされる。行きたくなかったが抵抗は無駄だった。

 偵察員として過ごす中、高高度適性検査に合格してしまい空兵錬成連隊へ連隊副官として勤務することとなる。

 連隊副官時代にフランス戦役が開始。(1940年5月)この戦いとの接点は報道のみで新兵の訓練が主な仕事

・1940年11月頃 元居た急降下爆撃部隊に戻ることが叶う。バルカン戦(1940年10月28日 -1941年5月29日バルカン半島の制圧を巡って戦われた、枢軸軍と連合軍の戦い)中は訓練飛行の日々

・1941年5月頃 南ギリシャの部隊に転属。クレタ島の戦い(1941年5月末のギリシャ領クレタ島の飛行場や要所をめぐってのドイツ空挺部隊と防衛側のオーストラリア軍・イギリス軍・ニュージーランド軍・ギリシャ軍の連合国軍)では待機を命じられ歯がゆい思いで自分を律した。

・1941年6月22日 ソ連との戦争が始まる。自分の元居た飛行隊に戻る。出撃許可が出て連日連続出撃。

 標的を確実に仕留めるためにギリギリまで急降下するので周りから命知らず扱いされる。

・1941年9月 ティルコヴォに派遣。(ポーランド北部の村)

 1000キログラム爆弾でソ連の戦艦「マラート」を大破。(その後修理される)爆弾の破片から逃れるため高度1000メートル以上から投下しなければならないが高度300メートルから投下。この活躍で騎士鉄十字賞を授与。(実際の受賞は1942年1月)

 上官のシュテーン大尉とルーデルの機銃手だったシャルノフスキ軍曹が巡洋艦「キーロフ」攻撃時に撃墜され艦体に突っ込んでしまった。

 後任の機銃手にヘンシェル一等兵を選ぶ。

・1941年12月 ドイツ十字金賞を受賞。ソ連兵と冬の寒さとの戦い。特に寒さが厳しく、一切の機械が信用できない。夜通し飛行機を温めて出撃に備えたりする。

 出撃回数の多さのため休暇ののち、シュタイアーマルク州のグラーツ(現在はオーストリア、詳しくは上記ですでに記載)の部隊に行って新米搭乗員への指導命令が下る。抵抗したが無駄だった。

 そのころ結婚し、故郷で結婚式を挙げる。

 グラーツで新人訓練とスポーツの日々。クリミア(黒海にある半島)への移動命令が来る。

 前線へ行くため指導している急降下爆撃部隊に実戦経験を積ませることを名目として、ベロレチェンスク(黒海の東)の部隊との合流に成功。

 ソ連の装甲列車は手ごわく、出撃してもトンネルの中に逃げ込んでしまう。そこでトンネルの出口を爆弾で崩すことにより地上部隊への時間稼ぎとする。

 駐屯基地に空襲を受け、合流した部隊の指令は亡くなった。ルーデルもその瞬間に着陸して機体に破片を浴び機は使い物にならなくなったがルーデル自身は無傷。(なんで?)

・1942年11月 650回目の出撃。このころ黄疸(血液中のビリルビンという色素が増えて外見上、黄色くなる状態)にかかる。11月中旬入院。

 1~2週間の病院生活では黄疸は改善せず、軍医に無理やり言ってカルテを書かせ退院して前線に戻る。

 攻撃目標はスターリングラード。スターリンの名を関するだけあってソ連兵の抵抗が激しい。ドイツとソ連が両方保持している状態のため味方を誤爆しないよう地図を見ながら上空を飛んで戦況を正確に把握してからの攻撃が求められる。

 戦っているうちに体調が改善してきたらしい。(なんで?)

結果的にスターリングラード攻略は失敗。

・1934年2月 出撃回数1000回達成。と同時に休暇を取らされる。またも猛反対したが聞き入れられず。

・1943年4月 大尉へと昇進。

 対戦車としてJu87型に3.7センチ砲を搭載したものの実験が始まる。さらに低速になったうえ機動力も落ちた、爆弾も搭載できず急降下もできない。

 エイスク港でソ連のボートを破壊。1人で70隻以上破壊した。ソ連は損害の大きさからここでの作戦を放棄。

・1943年5月 柏葉騎士鉄十字章を受章。ベルリンでヒトラー総統から受賞するため戻る。事前に空軍副官フォン・ベロウ中佐に前線への異動を打診。ヒトラー総統に直接上申するとの半ば脅しまでかけて前線復帰の許可をもらう。

 ソ連は戦車の大軍を繰り出してきており、機関砲搭載機について思い出し出撃の試みを実行する。初日で12輌の戦車を破壊した。

 しかし機の損傷が激しく寿命が限られる。

 作戦が定まってきて機関砲搭載機が戦車を攻撃、爆弾搭載機が地上の防御陣地を攻撃、残りがそれらを敵戦闘機の攻撃から守るためかなりの高度で周りを旋回する。

・1943年9~10月ごろ 1500回出撃達成。

・1943年11月 柏葉剣付騎士鉄十字章の授与が決まる。銃手のヘンシェルにも騎士鉄十字章を授与してもらうべく同行させる。

・1944年3月 少佐に昇進。

ある日不時着した搭乗員を回収するため着陸するも地面がぬかるんで発進できない。川から6キロほど離れたところにいたが南へ全力疾走する。

川を泳いで渡る(体感では幅600メートル、水温2、3度)だがヘンシェルは沈んでしまう。救おうとするも寒さで潜れるだけの空気を吸うことができない。

ルーマニア兵と思って助けを求めるが、ソ連兵であり肩に銃撃を受けつつも逃走する。多くの捜索員が駆り出されている。なぜか猟犬にも見つからずにやり過ごす。

民家で身振り手振りで食料を恵んでもらい休息をとって逃走を再開。

ドイツ兵に合うもボロボロの身なりで上官と信じてくれない。勲章を見せたら信じてくれた。

飛行隊に帰還し、動ける状態まで回復したら本国に戻って休暇を取るようにとの命令が下るがルーデルは休む気がない。

搭乗するのに運んでもらわなくてはいけないほどボロボロだがそれでも出撃する。

ソ連の放送ではルーデル少佐を捕らえたと報じていた。

1日に単独で17輌戦車を破壊、残りの部隊全体で同数を破壊。燃料補給用ドラム缶を積んでいるためそれを狙い撃ちして爆発させる。

 後任の銃手ロートマンはボロクソに書かれている。本業整備士なのに。

 ダイアモンド章を受章。ヒトラー総統に後方へ移るよう言われるが、それならこの勲章を辞退したいと応じ、「では飛びたまえ」といわれる。数日の休養ののち前線に戻る。

 ゲーリングからダイアモンド付黄金パイロット賞を受賞。ソ連軍戦線の内部で味方を助けるため不時着しないよう言われる。表面上はしたがったようだが来るべき時にはなすべきことをなすつもりだったようである。

・1944年6月 2000回出撃にちなんでダイアモンド付前線飛行章を受章。他に2000回出撃するようなものはおらず、ルーデルが初の受賞。飛行禁止の命令が付いてこなかったことがうれしかったらしい。

このころJu87の新規製造が終了することが決まったため、Fw190(戦闘機。第2次世界大戦のドイツ航空戦力主力の1つ)の訓練を行う。あくまでも前線で飛ぶためである。

6月後半2100回出撃を達成。

 不時着した味方を助けるため曲芸じみた不時着を行い救出する。

 ある日撃墜され機体はバラバラに、ルーデルは脳震盪と太ももに金属片が刺さって裂傷、ガーデルマンは肋骨3本骨折になったが飛ぶ意思は誰もよりも強く直ちに発進する。

・1944年9月 中佐に昇進。機銃を食らって全治6週間の傷を足に負うが8日後に復帰。

・1944年12月 ベルリンへの出頭命令が下る。黄金柏葉剣ダイアモンド付騎士鉄十字章を授与され大佐に昇進。

 しかしまた飛行禁止の命令が下されまたしてもそれならこの勲章を辞退したいと応じ、「では飛びたまえ」といわれる。

 結局裏から手を回されて飛行禁止になるのだが、ここで無断出撃を決意する。

 撃破者不明の戦果が増えすぎたため疑われ、飛んでいるところを見られたら「試験飛行です」でごまかす。

・1945年2月 対空砲を受け右足をなくす。足をなくしたことよりも数週間飛べないことに悔やむ。

・1945年5月8日 ドイツが降伏。アメリカ軍が占領されている飛行場に出頭する。

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